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感性が死んでいる

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タイトルでは「感性」と書いたけれど、「感受性」や「感覚」も似たような意味になると思う。
僕は感性や感受性が豊かで、感覚が敏感である。
INFPの特徴やHSP気質なことがそれを証明している。
最近の僕は、感性が死んでいる。
そう思う理由は幾つか挙げられる。

  1. ヨルシカを聴けなくなった
  2. 小説を書けなくなった
  3. 聴く音楽の傾向が変わった
  4. 泣いた時の涙が微温い

これらを一言でまとめると、「美しいものに触れられなくなった」と言える。

僕が人生の中で重要視していることのひとつに「美しさ」がある。
これは外面的なものも内面的なものも含んでいて、この「美しさ」を備えているものはたくさんある。
「美しさ」と言っても、一般的に定義されているものではなく、ただの僕の趣向のひとつだと思ってくれて良い。

最近はヨルシカを聴いていない。彼らは新しい曲を出したばかりだが、どれもまともに聴いていない。
『第一夜』だけは、昔『無題、没曲』としてTwitterに出されていたものだから聴けたが、『451』や『アルジャーノン』などはすべて聴いていなかったりする。

今の僕の感性で美しいものに触れるのが途轍もなく怖い。

5月31日に、初めてヨルシカのライブに行くのだが、それも怖い。
作品の外で彼らを知ることがとても怖い。
だからヨルシカのファンサイトなどにも登録していないし、ラジオなどもほとんど聴いていない。
n-bunaさんの個人Youtubeで年に1回程度配信されるライブ配信くらいだろう、作品の外で彼らに触れているのは。

そういうことがあったり、精神的に追い詰められていたりして、ギターも半年ほど触れていないし、小説もしばらく書いていないし読んでいない。映画も観ていない。

小説家になるためには、たくさんのことを知らなければならないが、今の僕には知る元気がない。
はやくまともな人生を歩みたいなと思う。

最近はそんな感じ。

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